障害の有無や国籍などに関わらず一緒に保育をしていく「インクルーシブ保育」。前橋市も『ダイバーシティ構想』を掲げ、多様な人材を認めていく方針を掲げています。元総社幼稚園は教育保育方針の5本の柱の一つに、いち早く「共生(インクルーシブ保育)」を掲げてきました。今回は、そこに込められたねらい、背景について掘り下げて紹介していきます。
前半は園長先生にその理念をお聞きし、後半では、日頃の保育での取り組み方について現場の先生方にお話ししていただきます。
目次
「インクルーシブ保育」を掲げた背景
ーー「インクルーシブ保育」を5本の柱の一つに掲げた背景をお聞かせください
今から10年以上前ですかね、まだその時は「インクルーシブ保育」という言葉もなじみはなくて、その頃、発達に課題があるお子さんはどうしても保育の中で区別をしていたんですね。このお子さんは健常なお子さんと交わっていくと保育にも差し支えがあるし、そのお子さんにも、健常なお子さんにも差し支えが出ていくと。だから、うちの園では受け入れませんという様な雰囲気があったわけです。でもそれは違う気がして。
ーーそれで障害のあるお子さんも受け入れる様になった?
「共生(インクルーシブ保育)」を掲げたのは平成27年、認定こども園に移行した時です。
もちろん状況は子どもさんそれぞれなので、入園の段階で、できることできないことを、保護者の方とお話しします。ただ、少なからず保護者の方は幼稚園でそのお子さんを入園させて健常児との学びの中からその子のプラスのなるような面を見出して入園させたいと思っています。逆に言ったら、ここに入園させる意味というのはそこにあるわけで、そうでなければ発達支援専門の施設などがあるわけですからそこに行けば専門のスタッフがいて手厚い指導を受けられる状況なんですけど、ちょうどその時われわれが置かれたのはそんな状況だったんですね。だとしたらわれわれがやるべきことというのは、区別するよりも一緒に保育の中で見ていきながらお互いに、健常児のお子さんも発達に課題のあるお子さんも、両方にとってメリットがあるというところをより明確にしていけば良いんじゃないかと思いました。
ーー現場の先生は反対しませんでしたか?
もちろん当時は反対はありました。「なんで受け入れるんですか。現場が大変です」そういうやりとりはものすごくありました。それが10年で園は全く変わりましたね。社会状況が変わったというのも大きいと思いますが、今、職員間でも異見はないですね。それが当たり前になりました。
自由保育とインクルーシブ
まず、一斉保育だとインクルーシブ保育は難しいと思います。発達に課題があるお子さんは、人と同じことをしたりコミュニケーションを取るのが苦手なパターンが多いです。それが一斉保育で「あなた、これしなさい」と押し付けられると尚更きついですよね。だからと言って、なんでもいい、自由でいいという話ではなく、やはりその子の特性にあった指導のやり方をすると子どもも少し楽になるし、それでもいいんだ、と思える。「苦手なことがあってもいいんだよ、でもあなたはここができるよね、ここ得意だよね」と導いてあげられるとすごくいいなということですね。
ーー元総社幼稚園さんは主体性ある自由保育ですから、そういうインクルーシブ保育も視野に入れた取り組みをしてきたと?
そうですね。どちらかというと自由保育よりインクルーシブ保育の視点の方が先だったかもしれないです。当時はインクルーシブ保育という言葉はなかったですけど。
ーー現場の先生との衝突や温度差もあったと先ほどお聞きしましたが、どう乗り越えてこられたのですか?
最初は、園長が言ってるから受け入れた、というのはあったと思うんですね。受け入れていこうという動きをやっていく中で、それと社会の動きとがあるとき一致しているんだと“意味づけ”られたときに、おそらく現場の先生は納得するのだろうと思ったんです。そんな職員が一人二人と増えていくと保育のマインドがだんだん変わってくる。まずは目の前の子どもに向き合って、これで良かったんだ、という意味づけが、あとからでもされていって徐々に変わってきたのではないでしょうか。
ーー園としては、5つの柱に取り入れて、オープンに発信していくことで園の姿勢をはっきりさせてきたと?
そうですね。区別や差別をしないという姿勢です。小さな子どもたちの年齢段階で、後々に差別につながっていくような、差別を植え付けていくような指導はよくないと思うんですね。子どもたちは普通に接していればそんなこと全然思わないですから。子どもが何かを「できるから」「できないから」で受け入れを差別していたら、保育そのものが「できる・できない」をメインにした保育になってしまう。それは子どもにとっていい保育とは決して言えないですから。
協力・強力 元幼の保育体制
ーー園の中でも、研修などでインクルーシブ保育について勉強しますか?
そうですね。取り上げていますね。
ーー研修は何回くらいありますか?
園内研修は年に3回くらいですかね。スケジュールやコロナの関係もあって一堂に集まることは少ないですが、それでも年に3回くらいはあります。そのほか行事ごとに振り返りをしたり。研修は、インクルーシブだけでなく、今こういう課題があってこういう研修をしたい、というのを今は現場の先生の方から発信して開くことが多いですね。
ーー今現在、障害のあるお子さんは何人くらい受け入れていらっしゃるんですか?
実際に診断を受けているお子さんもいますし、発達に課題のあるお子さんもいます。また、療育施設と併用して通っている子もいます。赤ちゃんの頃に病気をして医療的措置が必要というお子さんは、かかりつけの先生が集団生活は大丈夫とおっしゃることが前提でご相談を受けることもあります。いずれにせよ、メインは子どもと保護者さんなので、当園を希望して、入園することでその子にメリットがあるとなれば、こちらもできるだけの準備をしていきます。
ーー看護師の先生もいらっしゃるんですよね?
はい。今数名います。0歳、1歳、2歳の未満児クラスの保育の中に入ってもらっています。その他に保健室でも体調不良児の対応を行なっています。
ーーそれぞれどういう役割を?
保育の現場にいる看護師は、保育の中で医療的なケアが必要だったり、怪我をしたりといったところを中心にみていきます。保健室の先生は学校保健業務として、学校保険の手続きや園児健康診断、職員の健康管理、保健衛生の事務・計画をお願いしています。
ーー発達の課題のあるお子さんとも関わりが出てきますね。
視点が違う医療の面から観察することができるので、現場の先生は心強いと思います。
また、当園は栄養士と栄養教諭もいます。例えばダウン症のお子さんなどは、嚥下の機能や咀嚼の力なども発達がゆっくりのため給食も細かく切ってあげたりなどの配慮が求められます。食物アレルギーのあるお子さんに対しては毎日毎食、3重のチェックをしています。
ーーそういう専門職の職員がいることで、現場の保育士の負担も軽くなる。
そうです。これが何もかも現場の先生に任せっきりでは現場に負担が掛かりますから、園としてしっかり見極めて、サポート支援する、ということも考えながらやらないと、単に「理想ばかり」という話で現場が疲弊するだけになってしまうので、常に現場のことを考えています。
質の高い保育のために
ーーインクルーシブ保育の支援も体制を整えてきたんですね。
栄養教諭とか看護師の役割って大きいと思いますよね。その負担がすべて保育士となったら現場が大変になるのは当たり前です。専門的なことをサポートできる分、保育士がゆとりを持って子どもたちと接することができるのです。
ーー今後の目標はなんでしょう?
インクルーシブ保育ができるということは、保育全体の質が高いということにもつながるんです。スキルや考え方を持った職員も育ち、高いマインドも醸成されます。閉鎖的なところで差別的なマインドでやっている保育は質的に良いわけがないですよね。
当園は5本の柱に「ヘルスケア」という項目も入れています。そこにも通じる考え方として、例えば医療的ケアが必要な子どもに対してもどこまでできるか、もちろん医療の知識やスキルを持った職員がいないとできないことだと思いますが、それができていったときには園全体の質が上がっていくのかなと思っています。全体の保育としての質が底上げされていく。職員のスキルもマインドも高いものに切り替わっていく。未来をデザインしていく質の高い保育のためにも、そういうことが必要なんじゃないかな。全体としてはそのような目標を持っています。
(終わり)
後半は、インクルーシブ保育の実践について、現場の先生にお聞きします。